高校は男子校でした。入って数日で後悔した。男だらけで、ここが女性との縁が遠のいた最初の場所である。おまけに空手部に入り、仲間が近くの工業高校の生徒とケンカしたとかそんなことが当たり前のようにある高校生活でした。
尾崎豊を聞き始めたのは、空手部員のなかで尾崎豊が好きな人が居て、勧められ聞き始めた。最初は、貸しレコード店で借りて、テープに録音して聞き始めたと思う。街の風景、十七歳の地図、15の夜、I LOVE YOU、OH MY LITTLE GIRL、 ダンスホール、シェリー、卒業、僕が僕であるために、forget-me-not・・・全て受け入れた。
今でも、会社の窓ガラスを壊してまわり、早くこの支配された時間から卒業したいと思っている。権力を振りかざす人には反抗したくなる。心の中のどこかに、尾崎が居て、つらい時は、尾崎を聞いて、僕が僕であるために常に戦い続けなければならいないと思う。52歳になっても、52歳の地図を歩き続ける。
時々、こんなアクセクした時間より、音楽を聞いたり、家の電話で長電話(死語)したのんびりした昭和に帰りたいと思うことがある。便利さが幸せとつながるのかな?
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